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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2236号 判決 1958年10月27日

千葉相互銀行

事実

被控訴人(一審原告、勝訴)榊清治は請求原因として、昭和二十八年八月二十七日附を以て同月十四日被控訴人が高城勝太郎と連帯して控訴人株式会社千葉相互銀行から限度額金五十万円の借受契約をし、その担保として被控訴人の所有にかかる本件不動産につき根抵当権を設定した旨の登記手続がなされているが、被控訴人は控訴銀行から右のように金員を借り受ける交渉をしたこともなければ、根抵当権設定契約を締結したこともなく、ましてその登記をしたこともない。よつて被控訴人は控訴銀行に対し、右債権の不存在確認並びに根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めると主張した。

控訴人は抗弁として、仮りに本件契約等が控訴人、被控訴人間に直接締結されたものでないとしても、被控訴人は高城勝太郎に対して自己が主たる債務者となり又その所有である本件不動産に根抵当権を設定する権限を委任したものであり、仮りに然らずとしても、被控訴人は表見代理の規定によつてその責に任ずべきであると主張した。

理由

証拠を綜合すると、高城勝太郎は被控訴人の承諾を得ることなく勝手に被控訴人名義を使用し、昭和二十八年八月十四日控訴銀行との間に債権者を控訴銀行、債務者を被控訴人とし、自ら連帯保証人となつて被控訴人所有の本件不動産を担保とする債権限度額五十万円の根抵当権設定契約を締結し、その旨の根抵当権設定契約書を作成し、その被控訴人名下にたまたま手許にあつた被控訴人の実印を冒用して押印し、同月二十七日右根抵当権設定登記申請書を作成し、その被控訴人名下に右被控訴人の実印を冒用して押印し、右申請書によつて根抵当権設定登記を経由したこと、右高城は同様にして勝手に被控訴人名義を使用して昭和二十八年八月二十七日及び昭和二十九年五月二十九日控訴銀行から各金五十万円を借用し、それぞれ同日附で借用金証書を作成し、その各被控訴人名下に右被控訴人の印を冒用して押印したこと、これらの書類は何れも右高城の手から控訴銀行に提出されたこと、被控訴人名義の印鑑証明書は右高城において当時使用人小林としに命じて佐原市役所からその下附を受けさせてこれを使用し、また右不動産の権利証は右高城において被控訴人の承諾を得ることなくその不在中事情を知らない被控訴人の長男からこれを借り受けて使用したものであることが認められる。もつとも他の証拠によると、右高城勝太郎はかねてから控訴銀行佐原支店の係員高橋某に対し控訴銀行から金借方の交渉をしていたが、前記根抵当権設定契約締結の直前昭和二十八年八月頃、佐原市所在の料亭松川園に右高橋某及び控訴銀行佐原支店長伊奈峯吉を招き右金借方の交渉を進めたもので、その際被控訴人も右高城と共に同席していたことが認められる。しかし、証拠によれば、当時被控訴人は高城勝太郎と懇意であり飲み仲間でもあつたので、たまたま右高城から一杯飲もうと誘われるままに右料亭に同席したもので、右高城の金借の件については高城から相談を受けておらず、従つて被控訴人は右高城や伊奈等の金借についての話合に立入ることなく、これに関心を持たなかつたものであつて、当時被控訴人としては右金借について被控訴人が当事者となりまたは担保を提供する等ということは全く予期もしないことであつたばかりでなく、その席上被控訴人との間にはこれに関する何らの話合もなかつたものであることが認められる。以上のとおりであるから、本件根抵当権設定契約書、借用金証書、計算書、根抵当権設定登記申請書の被控訴人作成名義の部分は何れも真正に成立したものではなく、従つてこれらの書証によつては控訴銀行と被控訴人との間に前記根抵当権設定契約が締結され、被控訴人においてこれに基く債務を負担した事実を認めるに足りない。

そこで、控訴人主張の表見代理の点について判断するのに、高城勝太郎は昭和二十二年頃から佐原市で株式会社高城造船所を経営しており、被控訴人はその機械類の修理取付等をしていたところから右造船所に出入し右高城と懇意にしていたものであるが、昭和二十七年頃右高城は造船の仕事上県庁に提出すべき機械類の見積書を被控訴人名義で作成し、これに使用する必要があるとして被控訴人からその実印を使用する必要がなかつたので、右高城を信用し、右実印が前記見積書や被控訴人において造船所から仕事上受領すべき代金の領収証に使用されることを承知してこれを右高城に預けたままにしていたものであることが認められ、また前記根抵当権設定契約が締結されるに際して右高城から控訴銀行に対し被控訴人の印の押してある根抵当権設定契約書、借用金証書、印鑑証明書、計算書等の書類が提出されたものであることは前に説明したとおりである。

しかし、他の証拠によると、右高城は被控訴人の右実印のほかにも被控訴人に無断で勝手に被控訴人名義の印を作りこれを所持使用していたほか、会社関係者等の印を多数作つておき、勝手にこれを使用して他より金融を受けていたものであること、さらに、右高城は控訴銀行に対して信用がなく、控訴銀行は右高城に対して金融することを躊躇していたもので、殊に右高城が直接交渉していた控訴銀行の係員高橋某は右高城に対し、高城本人としてではなく他に適当な知人の名で契約を締結するよう示唆していたものであることが認められるばかりでなく、右高城が被控訴人に代つて締結しようとする前記根抵当権設定契約は被控訴人を主債務者とし、しかも被控訴人所有の不動産を担保とするものであるから、このような事情から考えると、控訴銀行において右契約を締結するに際し、通常の注意を用いるならば、被控訴人本人について直接右契約に関し確かめる方法を講ずべきであるというべきであつて、若しこれを欠く場合には少なくとも過失の責を免れないものというべきである。しかるに、さきに控訴銀行の佐原支店長伊奈峯吉、係員高橋某等が料亭松川園で高城勝太郎及び被控訴人等と同席した際、右の点について被控訴人に直接これを確かめることのなかつたことは前に認定したとおりであり、また証拠によれば、控訴銀行としては当時右以外に被控訴人と会つていないことが認められ、他に右の点について被控訴人に直接これを確かめたことを認めるに足りる証拠はないから、控訴銀行においてこの点の過失あることを免れないものといわなければならない。これらの事情から考えると、右契約の締結について控訴銀行において高城勝太郎に被控訴人を代理する権限ありと信ずべき正当の事由ありということができないことは明らかであるから、控訴人のこの点の主張も採用することができない。

以上のとおりであるから、被控訴人は控訴人に対し本件根抵当権設定契約に基く債務を負担するものではなく、これに基く昭和二十八年八月二十七日附の根抵当権設定登記はその登記原因を欠く無効のものというべきである。従つて控訴人に対し右債権の不存在確認及び右登記の抹消登記手続を求める被控訴人の本訴請求は正当であるから、本件控訴は理由がないとしてこれを棄却した。

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